所蔵作品


所蔵作品は、藤田嗣治の1930年代の作品を中心に、西洋絵画、日本初期洋画、明治洋画、中国絵画などです。

主な藤田嗣治作品

タイトル 制作年 材質 法量(cm)
眠れる女 1931 油彩 74.4×125.0
室内の女二人 1932 油彩 95.0×77.0
町芸人 1932 油彩 98.5×78.5
カーナバルの後 1932 油彩 98.5×79.0
ちんどん屋三人組 1934 水彩 165.0×93.0
力士 1934 水彩 169.0×82.0
北平の力士 1935 油彩 180.9×225.4
五人女 1935 油彩 192.5×128.5
自画像 1936 油彩 127.7×191.9
吾が画室 1936 油彩 30.0×39.4
秋田の行事 1937 油彩 365×2050
一九〇〇年 1937 油彩 144.0×110.5
客人(糸満) 1938 油彩 114.5×89.5
私の画室 1938 油彩 36.3×44.2
踊子 1939 油彩 79.0×64.0
台所 1940 油彩 36.3×44.0
  他に 日本画 素描 版画など 105点

秋田の行事

藤田嗣治≪秋田の行事≫
  1937(昭和12)年  
  油彩・キャンバス  
  365.0×2050.0cm  
  公益財団法人 平野政吉美術財団所蔵  
 

 1933(昭和8)年11月に帰国した藤田嗣治は、翌年から銀座のブラジル珈琲陳列所を皮切りに、東京、大阪、京都で次々と壁画を制作する。パリで大画面に挑戦していた藤田は、帰国前に歴訪した中南米でメキシコ壁画運動に触れ、壁画制作に意欲的であった。 1936(昭和11)年7月、秋田市の資産家・平野政吉が、多数購入した藤田作品を展観するため、美術館建設計画を打ち出した。その計画を受けて秋田入りした藤田は、秋田で壁画を制作することを表明する。「秋田の全貌」というテーマで、日本の一地方を画面に展開させようと構想した。
 秋田での壁画制作を表明してから制作着手までの約半年間、藤田は月に一度来秋し、祭りの観衆となり、また史跡を巡った。平野政吉との交流も深め、平野家が財を築いた外町(とまち)に視座を据える。江戸時代、外町は久保田城下の町人町。当時も秋田市の中心街だった。
 壁画は、橋を境に祝祭と日常が対照的に展開する。橋の右に描かれているのは、主に外町にかかわる祭りと年中行事。外町の総鎮守社・日吉八幡(ひえはちまん)神社の山王祭、太平山三吉神社の梵天(ぼんでん)奉納、外町の年中行事・竿燈が、それぞれ最高潮を迎えている。梵天の彼方に山容を見せるのは、三吉神社の神体山・霊峰太平山である。
 橋の左では、外町を人々が行き交い、冬の暮らしが営まれている。雪上に箱橇(はこぞり)、商家の屋根の上には天水甕(てんすいがめ)が置かれ、雪室や秋田べらぼう凧で子ども達が遊ぶ。油井、馬橇の上の米俵、木材、酒樽が、秋田の産業を表している。
 祝祭空間と日常風景の境界として描かれているのは、高清水丘陵にある香爐木橋(こうろぎばし)。橋が古代の城柵・秋田城が築かれたこの丘を暗示している。画面の奥に奈良時代からの時間が流れ、香爐木橋の上で秋田の時空が交差する。
 1937(昭和12)年3月、「秋田」を描いた壁画が完成した。秋田市下米町の平野家の米蔵で、約15日間の制作だったという。この年の夏以降、日本は戦時体制へと大きく傾斜していく。翌年、藤田は戦争画へ踏み込んでいくのである。

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